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記者発表の内容

佐世保市政記者室にて 米海軍佐世保基地における弾薬不法投棄事件

米情報公開法で軍の捜査報告書を入手
弾薬管理のずさんさ、過去にも投棄など実態が判明

 

記者発表の内容
2009年11月20日 さい塾 梅林宏道・今岡直之

§まえおき
 08年10月27日の未明、米海軍佐世保基地の警備部に所属する2等兵曹が、上級の1等兵曹と共謀して、未使用の散弾約3000発と未使用のライフル弾335発を赤崎貯油所、前畑弾薬庫、針尾島弾薬施設の海に投棄した。米軍は、弾をほとんどすべて回収したと発表した。2等兵曹は犯行を認め佐世保基地司令部によって処罰された。1等兵曹は犯行を否認したので、特別軍事法廷が開かれ、09年4月24日に無罪となった。
 一連の経過の中で、どのような理由で不法投棄が起こったのか、弾薬のチェック体制はどうなっているのか、など、市民の安全に関わる重要な疑問が生じた。
 「さい塾」では、米情報公開法によるこの事件の調査に取り組んだ。

§要約
1.公開文書には米海軍犯罪捜査局の犯罪捜査部(CID)の捜査報告書(08年11月4日付)と佐世保基地司令官の捜査報告書(09年3月25日)の2つの捜査報告書が含まれていた。前者は、実行犯である2等兵曹や同行の基地警備部兵員からの尋問調書を含む生々しい経過が記されており、後者には佐世保基地における弾薬管理の実情に関する調査が含まれている。
2.年度内に一定量の弾薬を消費しなければならないという圧力の中で、余った弾薬を射撃で消費するのではなく、海に投棄して処分する犯行が発生した。弾薬の出納管理がずさんであるため、不法投棄によっても帳簿上ごまかすことができるという判断があったと考えられる。
3.不法投棄によって弾薬を減らせることが、米海軍でしばしば行われていたことを窺わせる。また、警備部のみならず、弾薬数の辻褄が合わない部隊が他にも多くあるという認識が基地内に存在する。尋問調書の中に、海への弾薬投棄は「昔よくやっていた」、「行方不明の弾薬を抱えている部隊がわんさとある」などの会話があり、今回明るみに出た事件は氷山の一角である可能性がある。
4.事件当時、警備部の武器庫には2年間も弾薬出納の訓練を受けた者も、記録のチェック体制もなかった。06年8月に米軍全体の弾薬管理システムの変更があり、弾薬は海軍弾薬司令部の一元管理となったが、警備部の弾薬管理は放置されていた。警備部の責任士官もマニュアルが不適切であり、空文化していることを認めている。
5.弾薬はすべて回収されたと言われているが疑わしい。赤崎貯油施設では弾薬が袋に入った状態ではなく、バラバラに投棄されたことが明らかになった。潜水捜索で301発が回収されたとされるが全数回収は考えにくい。また、帳簿が正しく作られていない状態で、9月2日以後の伝表が照合されているだけであり、そもそも何発を持ち出したのかも不明である。
6.基地間を移動する米軍車両が、管理のずさんな弾薬を積んで往来していた現実を考えるとき、少なくとも基地外における武器弾薬輸送の通告義務と、特別の許可のないすべての米軍車両の日本車並みの管理権が地位協定上確保される必要がある。

§情報公開の経過
 2回の請求で合計4種類、94ページの文書が公開された。入手文書のリストを添付する(添付1)。この中には、米海軍犯罪捜査局の犯罪捜査部(CID)の捜査報告書(08年11月4日付)と佐世保基地司令官の捜査報告書(09年3月25日)の2つの捜査報告書が含まれている。
◆請求者:さい塾:今岡直之
◆第1回請求:09年1月11日
 請求先:在日米海軍司令官
 請求内容:08年10月27日に米海軍佐世保基地において発生した弾薬不法投棄事件に関する次の全ての文書。@事件の経過の記述、A米海軍による捜査、B弾薬の処分を規制する米海軍の指令や規則、C再発防止の措置に関する文書
 文書公開:09年3月6日(3月11日受領)(71ページ)
◆第2回請求:09年8月13日
 請求先:在日米海軍司令官
 請求内容:09年4月24日に行われた同上事件被疑者1等兵曹の特別軍法会議に関して次の全ての文書。@1等兵曹の捜査や法廷資料(判決を含む)、A再発防止のために米海軍がとった改善措置
 文書公開:09年8月26日(9月1日受領)及び10月30日(11月6日受領)(23ページ)
◆異議申し立て:09年10月13日 回答待ちの状態

§不法投棄の経過
 米海軍犯罪捜査部(以下、「犯罪捜査部」)が、事件に関して08年11月4日に最終捜査報告書を作成した(文書リストの1)。それには、17の書証とともに、19節にわたって事件の全容の説明が行われている。事件の要約を含む注目すべき節を抜粋訳した(添付2)。また、その部分の原文3ページ分を添付した(添付3)。公開された文書においては、人名がすべて黒塗りで削除されている。訳文では某(削除)と記したが、文脈上、実行犯である2等兵曹と明確に判別できる場合は某A(削除)、共犯である1等兵曹と明確に判別できる場合は某B(削除)と記して読みやすくした。捜査報告書の第6節は、2等兵曹Aの尋問調書に基づいて捜査官が弾薬投棄に至る経過が記述されている。このような経過が明らかになるのは初めてのことである。時系列に並べた投棄までの経過は次のようになる。

◆10月24日(金)
 09:00頃  某Aと某Bを含む4人の基地警備部兵員と何人かの契約基地従業員(MLC)、レンジ衛生兵が、崎辺レンジでM−16ライフルと散弾銃の射撃訓練を始める。
 13:30頃  某Aは弾をすべて撃ち尽くさなければならないと考え、処理について某Aと相談する会話を交わす。某Bは「よくやったやり方」を示唆する。
 15:30頃  某Bが弾薬の缶から実弾を取り出し、ゴミ袋に入れる
 16:00頃  レンジの清掃が終わる。その後、移動式レンジへ移動し、車から実弾入りの袋を取り出しレンジに降ろす。
 17:00過ぎ 佐世保基地に戻り、某Aと某Bがその夜に弾薬を捨てることで合意。
 18:30頃  某A、結局その日は弾薬を捨てないことに決める。
◆10月25日(土)
 某Aは、事件当日に一緒であった某に電話し、24日に移動式レンジに置いていった弾薬について聞かれた際には、弾薬は全部撃ったと言うように圧力をかける。
◆10月26日(日)
 某A、この日も弾薬を捨てないことに決める
◆10月27日(月)
 02:30  巡回ユニット(車両)に乗り、移動式レンジから弾薬を拾って荷台に積む。
 03:00頃  赤碕貯油施設に到着し、散弾を海中にバラバラに投棄。
 03:30頃  前畑弾薬施設に移動し、5.56MM弾1袋を海中に投棄。
 04:10頃  針尾島に移動し、袋入りの散弾を残り全て海中に投棄。
 04:45頃  弾薬投棄を終え、本部基地に戻る。
 06:00  08:00まで監視任務に就く。
 
 一連の経過から、不法な実弾を積んだまま深夜の基地外の一般道路を運転していた事実が浮かび上がる。

§生々しい会話:事件は氷山の一角
 犯罪捜査部「捜査報告書」には、弾薬投棄が行われる前後の生々しい言葉が引用されている。
◆場面1 弾薬を使い切ることができそうにないときに、2等兵曹が「この弾全部をもっと早く無くするのはどうしたらいいんだろう?」と尋ねると、1等兵曹が「昔よくやっていたやり方がある」と答え、2等兵曹が頷いて「それだったら私も知っていると思う」と言う場面がある。手書きの尋問調書の関係部分(3ページ分)を添付する(添付4)。この部分は、数あわせのために弾薬を投棄することが、暗黙の了解になっている現実を表している。
◆場面2 捨てた弾薬が見つかって犯行が露見するのではないかと動揺している2等兵曹に対して、1等兵曹が弾に海軍弾薬兵站コード(NALC)がついていないので追跡できないと説明し、「彼らには何の手掛かりもないし、行方不明になっている弾を抱えている部隊があそこにはわんさとあるので追跡できない」という場面がある。手書きの尋問調書のその部分を添付する(添付5)。1等兵曹が、ガナー・メイト1という武器弾薬専門兵であることが示されている(添付4)が、その専門兵である1等兵曹が弾薬の行方不明が常態化していること、警備部で出納上の辻褄を合わせておけば部隊を特定できないと認識している。このことは佐世保基地における弾薬管理の極めて危うい状態にあることを示している。 §動機:年度内に弾薬を使い果たす
 1等兵曹が、弾薬投棄に至ったのは、年度内(9月末)までに弾薬を撃ち尽くさず、在庫を抱えると次年度の弾薬の割り当てが減り、資格維持のための射撃訓練ができなくなると判断したためであることが判明した。犯罪捜査部「捜査報告書」に、1等兵曹が全数消費の圧力を感じていたことが記されている。また、部隊司令部の捜査報告書(文書リスト2)には、警部全体の弾薬過剰状況が記述されている。
◆犯罪捜査部「捜査報告書」の記述
 同行していた別の警備部兵士の任意供述の中に、1等兵曹が弾薬消費を気にしていた事実が述べられている。2ページ分を添付する(添付6)。最後の部分を訳すると次のようになる。
問2―あなたが犯罪捜査部に尋問されたときに、二次(弾薬)配給所や移動式レンジには行っていないし、全ての銃弾を撃ったのだと言へと、某B(削除)某A(削除)に言ったのか?
答2―多分そうだ。彼(B)は私の部屋にやってきて、私が犯罪捜査部に言った話を変えるなと言ってきた。
問3―某B(削除)がこの出来事の全体を主導し、某A(削除)にどうしたらいいかを教えた人物だと思うか?
答3―某B(削除)が武器庫係の長だから責任があるし、崎辺にいたとき、某B(削除)某A(削除)に弾薬を無くしてしまうから心配するなと言ったことに私は気付いていた。というのも某A(削除)は、(新しい)会計年度が来るため弾薬を全部使ってしまうと約束したことを気にかけていたから。
◆部隊司令部「捜査報告書」の記述
 この報告書は、佐世保基地司令部が犯罪捜査部の報告書に基づいて基地司令官としての調査を行い、以後の処置について勧告するもので、警備部や弾薬管理体制の背景調査が行われていることに特徴がある。捜査結果は在日米海軍司令官に報告され、最終判断が下される。在日米海軍司令官は佐世保基地司令官の捜査報告を全面的に支持したので、その抜粋訳を添付する(添付7)。また、原文の冒頭4ページ分を添付する(添付8)。
 ここでは、警備部士官の状況として「08年8月は9月、武器(能力)維持訓練が警備部兵員に対して行われていない」ことを知った(22節)、「会計年度末(訳注:08年9月末)には戦闘外使用(弾薬)備蓄(NCEA)が過剰になると予想した」(25節)と記されている。また、1等兵曹は、08年度は50%多く弾薬を購入していたにもかかわらず、「9月30日までに、08年の戦闘外使用弾薬備蓄に計上されたすべての弾を使い切ることはできないだろう」(29節)と心配し、「警備部の戦闘外使用(弾薬)備蓄の管理は自分の責任である」(26節)と感じていたことが記されている。

§弾薬管理のずさんさ
 部隊司令部報告書によって、警備部の出納記録マニュアルが適切でなく、訓練されたものがおらず、記録を弾薬司令部に提出する時のチェック体制もなかったことが明らかになった。この実態は、弾を海に捨てるなど物理的に廃棄しておけば帳簿上は辻褄が合わせられるという状況が存在したことを意味し、これが今回の事件の土壌となったことが明らかである。
 報告書には、「小火器(能力)維持のための射撃に対して出納を追跡する手段や手順が、佐世保基地警備部になかった」(23節)、「06年3月時点の武器庫業務の標準業務手順には、弾薬棚卸し手順が含まれていない」(30節)、「弾薬記録は、技術的な点検を受けることなく海軍弾薬司令部(NMC)佐世保分遣隊に渡されていた」(12節)、「警備部武器庫係には、弾薬出納を正式に訓練された人員は過去2年間いなかった」(20節)などの記述がある。
 06年8月に米軍が弾薬管理の世界的組織変更を行った。それまで佐世保基地司令官隷下にあった武器弾薬部が海軍弾薬司令部東アジア支部佐世保分遣隊となって、世界的な管理システムの一部となった(添付9)。これによって、現場の管理体制がいっそう手薄になった可能性もある。 §弾薬回収は極めて疑問
 米海軍は、投棄された弾薬はすべて回収されたと言っているが極めて考えにくい。
 犯罪捜査部「捜査報告書」に記述されている弾薬の数を見やすくするために表にまとめた(添付10)。
◆帳簿管理がずさんであるから、基礎になる9月2日以前の数が不明なまま計算が行われている。とくにライフル銃に関しては、回収された数の発表があるだけである。
◆散弾に関しては、伝票数が示す入庫数と戻された使用済み薬莢数と海から回収された実弾数から計算すると22発が行方不明という計算になる。しかし、持ち出した弾薬数はもっと多かった可能性が高い。
◆赤崎では、散弾を袋に入れてではなくてバラバラに投棄したと証言されており、潜水作業をしたとはいえ、多くの未回収が残っている可能性が高い。 §むすび
 この事件は、米海軍内において弾薬の管理が極めて安易に行われていることを示した。とりわけ佐世保基地においては、米軍車両が日常的に基地の外に出て基地間の移動を行う。この状況に置いて、武器・弾薬に関わる犯罪や事故が懸念される。特別な事前報告制度や日本側の点検の権限が、地位協定上確保されるべきであろう。
 海への弾薬投棄にかんしても、過去を一掃するような大がかりな回収作業を要求する必要があると思われる。
――以上