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記者会見報告・ファイフとトマホーク補給基地・横須賀
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ファイフは、1991年1月17日、湾岸戦争の初日からトマホーク攻撃に参加した。米海軍は総数288発のトマホークを湾岸戦争で発射したが、ファイフは最多の60発を発射したと記録されている。2位はポール・フォスターの40発である。 巡航ミサイル・トマホークには、主要には表1に掲げたような4種類がある。核トマホークは、91年9月、ブッシュ・イニシャティブによって軍艦から撤去された。 年次報告には、一年間の日を追って、航海、寄港、訓練、修理などの概略が記されているが、ピースデポではこれを元にこの7年間のファイフの航跡図を作成した。それによって明らかなように、この期間に、三度のペルシャ湾行きを果たすとともに、リムパック、タンデム・スラスト、コブラゴールド、シャーレム(米韓)など多くの同盟国との演習に参加した。また、94年7月の金日成死去時の朝鮮半島への対応がうかがえる。 注目すべきは、年次報告に「弾薬の移動」に関する記録が添付されていたことである。あいにく、入手資料には91年の弾薬記録の1ページ目と95年のすべてが欠落していたが、その他のすべての年の計70ヶ月にわたる「弾薬の移動」記録が明らかになった。我々の知る限り、このような資料の入手は初めてである。 トマホークには、1100台、1400台、1600台、3100台、3200台、3400台の数字の海軍弾薬兵站記号が付されているが、分類上の区分がとの関係は不明である。 また、96年と97年の弾薬移動記録の名称欄にはトマホークの種類も明記されている。それによると、積み降ろしされているトマホークは、すべてTLAM-CとTLAM-Dのいずれかであった。 弾薬移動記録から、登録日と受領、あるいは移転されたトマホークの数を表にしたものが、表2の「駆逐艦ファイフのトマホーク移動表」である。 また、軍艦ごとにトマホーク任務の強弱があるはずであるが、仮に表3に掲げた横須賀を母港とする6隻のトマホーク発射艦が、ファイフと同様な割合でトマホークの積み下ろしを行うとすると、横須賀では平均して年間913発、実に1000発近いトマホークが積み降ろしされている計算になる。 横須賀はトマホーク・ミサイル基地であると言っても過言ではないであろう。 また、整備用のミサイルを考えると、横須賀に多いときには500発近いトマホークが貯蔵されている可能性がある。 横須賀のどこかということに関しては、航海日誌はさらに詳細な弾薬の積み下ろしの記録を示していることがあった。たとえば、1994年4月6日の航海日誌のように、ハーバーマスター・ピアから投錨地A12に出向いて弾薬の積み込みをした状況が詳細に記されている。4月6日に作業されたものが弾薬移動記録では4月8日に登録されている。このように航海日誌で情報が得られたものは、表2に*印をつけた。 場所に関しては、さらに興味深い発見があった。各紙報道によると、横須賀市民グループの鈴木茂樹さんが、1991年11月22日に浦郷弾薬庫から白いキャニスターが運ばれハーバーマスター・ピアでファイフに積み込まれた場面を写真におさめた。弾薬移動記録には、11月23日にトマホーク14発が積み込まれ、4発が降ろされたことが登録されている。写真の中身がトマホークであったことが、初めて確認されたことになる。当日、アスロックの移動は記録されていない。 われわれの調査で確認できた積み込みの場所は、投錨地A12、ハーバーマスター・ピア、第10号バースの三箇所である。また状況から見て、ミサイルはバージを介して、浦郷弾薬庫とファイフの間でやり取りをしていることも間違いない。 While reconnecting loose umbilical cord on Module 1 Cell 6 containing TLAM D-T caused deluge of canister due to 24 volt power not secured. Liaison with CFAY Ordnance indicates affected canister will be removed today and replaced with TLAM C. NAOMAN investigation initiated. トマホークTLAM−Dの入ったモジュール1、セル6の緩んだ命綱を結び直している途中に、24ボルト電源が入っていなかったので、キャにスターが水浸しになった。横須賀基地武器部との連絡で、だめになったキャにスターは今日中に除去して、トマホークTLAM−Cと交換することになった。海軍弾薬係の調査が始まった。 この記載は、弾薬移動記録の4月15日に登録されている作業に相当し、交換されたトマホークは4月16日の移転1、受領1にピッタリ一致する。これによっても、ハーバーマスター・ピアでのトマホークの積み下ろしの事実と、交換用のトマホークが横須賀(浦郷)に存在することを確認することが出来る。
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91年8月5日に韓国鎮海に着き、9日までファイフは9024核兵器訓練を行った。
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91年10月19日に韓国鎮海に着き、ファイフは極めて成功裡に核兵器技術練度検査(NTPI)を行い20日に終了して優秀な総合点を得た。 9024核兵器訓練の中身は不明であるが、NTPIはよく知られた核能力検定試験で、米艦船が核能力を維持するために定期的に義務付けられていた。 しかし、今回得られた91年、92年の弾薬移動記録からは、核トマホークに関する情報を得ることはできなかった。 これらのことから、ファイフはほとんどすべての発射管をトマホーク用に当てられたトマホーク専用艦であったと考えられる。後継艦(カッシング)、もしくは同種艦オブライエン、あるいは両方が、現在その任を負っている可能性がある。 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイル開発は中止されるべきであるが、ノドンとほぼ同じ射程を持つトマホークが大量に横須賀に貯蔵されているときに、一方的に北朝鮮のミサイルの脅威を言うだけでは、公正な軍縮議論にならない。ノドンは弾道ミサイルであり、トマホークは巡航ミサイルであるという違いがあるが、予告時間なく急襲できる点に変わりはない。トマホークの方がはるかに、命中精度が高い。日本は両方のミサイル撤去を求めるべきである。 市民にとっては、攻撃対象となりうる基地の危険性に関して、いっそう真剣に考える必要が出てきたと思う。 ペルシャ湾で戦争するためのミサイル基地をなぜ横須賀におく必要があるのかという、基地の政治的な意味を改めて問い直さざるを得ない。 |
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